大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)13188号 判決

甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という。)

原告 田辺紙工機械製造株式会社

右代表者代表取締役 田村武雄

右訴訟代理人弁護士 磯村義利

甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。)

被告 加藤三吉

右訴訟代理人弁護士 野村千足

主文

一  被告から原告に対する東京法務局所属公証人田中己代治作成昭和三一年第三五〇九号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、貸付金元金三二四万円及び利息金四八八万一七六〇円並びに右元金に対する昭和四四年八月二日から右支払済まで日歩金八銭の遅延損害金を超える部分について、これを許さない。

二  原告は被告に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して同目録一(二)記載の土地を明渡し、且つ、昭和三七年六月二三日から右明渡済まで月額金二万円の割合による金員を支払え。

三  甲事件につき、原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、甲・乙両事件を通じてこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

五  当庁が昭和四四年一二月八日になした強制執行停止決定は、前記一項の限度でこれを認可する。

六  本判決は、被告勝訴部分のうち金員の支払を命ずる部分及び五項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨(原告)

1 被告から原告に対する東京法務局所属公証人田中己代治作成昭和三一年第三五〇九号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 本件につき東京地方裁判所が昭和四四年一二月八日なした強制執行停止決定はこれを認可する。

4 前項は仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨(被告)

1 主文二項と同旨。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 被告より原告に対する債務名義として東京法務局所属公証人田中己代治作成昭和三一年第三五〇九号債務弁済契約公正証書が存在し、これには原告が昭和三一年九月二〇日被告から金五〇〇万円を借り受け、昭和三二年一〇月二〇日から毎月二〇日限り金二〇万円宛二五回に割賦弁済すること、利息は日歩四銭、遅延損害金は日歩八銭の割合とすること、原告が右履行を遅滞したときには残債務につき期限の利益を失うとともに強制執行をうけても異議がない旨の記載がある(以下、本件公正証書という。)。

2 右公正証書は原告が同年九月一三日、同月二〇日各金二五〇万円の合計金五〇〇万円を前項記載の約定で借受けたので作成されたものであるが、その債務は次のとおり消滅している。

(一)(1) 原告及び連帯保証人である田辺久弥(以下、田辺という)の弁済により昭和三三年六月二一日現在の残債務は元金三二四万円を残すのみとなった。

(2) 同年中原告につき会社整理手続が申立られ、同年三月二八日東京地方裁判所は、原告に対し債務弁済禁止等の決定をなしたので、原告は同手続が終結した昭和四四年八月一日まで前記債務につき遅滞の責を負わないことになった。

(二) 被告は原告の物上保証人である田辺に対し昭和三三年六月一四日到達の内容証明郵便及び別件訴訟(東京地方裁判所昭和三三年(ワ)第五一五三号不動産所有権移転登記手続請求事件)の昭和三五年七月一三日の口頭弁論期日において、同人所有の別紙物件目録三(二)記載の建物(以下、三番一七の建物という)につき代物弁済予約を完結する旨の意思表示をなし、右建物の所有権及びその敷地である同目録三(一)記載の土地の賃借権又は転借権を取得した。当時、右建物の価額は少なくとも金一二二万九五八四円はあったし、右借地権の価額は金二五三万四七八〇円であったから、前記残元金債権三二四万円は完済された。

(三) 仮りに、前項記載の建物と借地権の価額が残債務額に充たないとしても前記代物弁済は残債務の弁済に代えてなされたものであるから、右価額にかかわりなく債務は完済されたものである。

3 よって原告は本件公正証書の執行力の排除を求める。

二  答弁

1 請求原因1は認める。

2 同2冒頭部分は債務消滅の主張を争い、その余は認める。

同(一)(1)は認め、(一)(2)のうち、会社整理の申立がなされ債務弁済禁止決定が発せられたことは認めるが、その余は争う。

同(二)のうち、被告が原告主張のとおり代物弁済の予約を完結する意思表示をなして三番一七の建物を取得したことは認めるが、その余は否認する。右建物自体の価額は金三八万円に過ぎないし、敷地使用権(原告主張の借地権または転借権と称するもの)については別紙訴訟(東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第六〇二九号建物収去土地明渡請求事件)の確定判決において存在を否定されている。

同(三)は否認する。

(乙事件)

一  請求原因(被告)

1(一) 別紙物件目録一(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)はもと田辺の所有であった。

(二) 本件土地につき根抵当権を有する七条健一は昭和三三年六月二三日、任意競売を申し立て、昭和三六年五月二三日中央不動産株式会社(以下「中央不動産」という。)が本件土地を競落し代金を支払った。

(三) 被告は昭和三七年六月二二日、中央不動産から本件土地を買受けた。

2 原告は、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して同目録一(二)の土地(以下「本件建物の敷地」という。)を占有している。

3 原告が前項のとおり本件建物の敷地を不法に占有しているため、被告は同敷地の賃料に相当する月額金二万円の損害を受けている。

4 よって、被告は原告に対し、所有権に基づき本件建物を収去して同敷地を明渡すこと及び被告が本件土地を取得した日の翌日である昭和三七年六月二三日から右明渡済まで前記損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する答弁

1 請求原因1項(一)、(三)、2項は認めるが、同3項は争う。

2 同1項(二)のうち、中央不動産が昭和三六年五月本件土地を競落したことは認めるが、その余は知らない。

三  抗弁

1(一) 原告は昭和二二年、本件土地を所有者である森新から賃借した。

(二) 原告はその後、本件土地上に本件建物を建築し、昭和二三年一二月六日所有権保存登記を経由した。

(三) 田辺は昭和二七年四月一〇日、所有者である森から本件土地を買受けた。そこで、原告は前記賃借権を田辺に対抗しうるものであり、原告は田辺に対し支払うべき賃料に代えて、原告所有の別紙物件目録四記載の建物(以下「三番六の建物」という。)を田辺に対し無償で使用させた。

(四) したがって、原告は、本件土地の転得者である被告に対抗しうる賃借権を有する。

2 仮に右主張が認められないとしても

(一) 原告は実質的に田辺の個人会社であったから、法人格否認の法理の精神により、本件土地及び本件建物は同一人が所有していたものとみるべきである。

(二) したがって、原告は、本件土地の競落人である中央不動産に対し法定地上権を有するものであり、且つ、前記1項(二)のとおり登記した建物を有するから、右地上権を被告に対抗しうる。

3 仮に右主張が認められないとしても、被告の本訴請求は権利の濫用というべきである。即ち、被告は、原告が本件建物を店舗として永年営業していることを知悉し、しかも、本件土地を時価の約一四パーセントにすぎない金二〇〇万円で買受けておきながら、本訴により原告に本件建物を収去させて右代金額の約六倍に当たる暴利を得ようとしているのである。

四  抗弁に対する答弁

1 抗弁1項(一)は知らない。(二)のうち、原告がその主張のとおり本件建物につき所有権保存登記を経由したことは認めるが、その余は知らない。(三)のうち、田辺が原告主張のとおり本件土地を買受けたことは認めるが、その余は否認する。(四)は争う。

2 同2項(一)、(二)は争う。法人格否認の法理は当該法人の取引の相手方を保護するためのものであるから、当該法人又はその代表者が右法理の適用を主張することは許されない。

3 同3項のうち、被告が本件土地を金二〇〇万円で買受けたことは認めるが、その余は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告が昭和二三年一二月六日本件建物につき所有権保存登記を経由したこと、田辺が昭和二七年四月一〇日所有者の森新から本件土地を買受けたこと、被告が昭和三一年九月一三日及び同月二〇日それぞれ金二五〇万円宛(合計金五〇〇万円)を原告主張どおりの約定で原告に貸付けたこと、原被告間に本件公正証書が存すること、昭和三三年原告につき会社整理手続が申し立てられ、同年三月二八日当庁が原告に対し債務弁済禁止の決定をなしたこと、原告の被告に対する同年六月二一日現在の前記残債務額が元金三二四万円であったこと、被告が原告の物上保証人である田辺に対し、同月一四日到達の内容証明郵便及び別件訴訟(当庁昭和三三年(ワ)第五一五三号)の昭和三五年七月一三日の口頭弁論期日において、同人所有の三番一七の建物につき代物弁済の予約を完結する旨の意思表示をなし、右建物を取得したこと、右当時における右建物の価額が少くとも金三八万円であること(但し、同金額を超えて原告主張の価額であるか否かは、争いがある。)、昭和三六年五月中央不動産が本件土地を競落したこと、被告が同年六月二二日中央不動産から本件土地を代金二〇〇万円で買受けたこと、原告が本件土地上の上部に本件建物を所有して同敷地を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  甲・乙両事件につき判断する前提として、まず、本件の事実経過を検討する。

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  紙工品を造る機械の製造及び販売等を業とする田辺久弥は、昭和二一年六月ころ本件土地を所有者である森新から賃借し、翌昭和二二年四月本件建物を本件土地のほぼ東半分(別紙物件目録一(二)記載の土地)に建築した。田辺の右営業を会社組織にするため、同人が中心となって昭和二二年七月三日原告(当初の商号は田辺機械株式会社)を設立し、田辺が代表取締役に就任した。原告は右設立の経緯等からして、当然に田辺の個人会社という性格の強い会社であった。翌昭和二三年原告は、田辺から本件建物及び三番六の建物の贈与を受け、本件建物については同年一二月六日、三番六の建物については同月一〇日、それぞれ原告名義の所有権保存登記を経由するとともに(本件建物の右登記については当事者間に争いがない。)、森に対する本件土地の前記賃借権を譲り受けた。そして、原告は、本件建物を原告の事務所兼店舗としたが、三番六の建物には田辺が居住したままであった。昭和二四年三月田辺は、台東区浅草三筋町二丁目(後に三筋二丁目と町名変更)三番五の土地(以下「三番五の土地」という。)のうち五八坪を佐藤トメから賃借し、また、昭和二七年四月一〇日本件土地を所有者である森から買受けた(本件土地の買受の点は当事者間に争いがない。)。昭和二八年一月三一日田辺は、三番五の土地上の一部(別紙物件目録三(一)記載の土地)に建築した三番一七の建物につき同人名義の所有権保存登記を経由した。

2  昭和三〇年一月一三日原告は田辺紙工機械株式会社と商号変更した。その後、原告は以前から取引のある被告から、昭和三一年九月一三日及び同月二〇日それぞれ金二五〇万円宛を借受け、返済については昭和三二年一〇月二〇日から毎月二〇日限り金二〇万円宛二五回払いとし、利息は日歩金四銭、遅延損害金は日歩金八銭とし、原告が期限に弁済しないときは残債務につき期限の利益を失うことを約定した(右消費貸借については当事者間に争いがない)。その際田辺は被告に対し原告の右債務につき連帯保証するとともに、物上保証人として同人所有の三番一七の建物につき代物弁済の予約を結んだ。そして、同年一〇月二三日右消費貸借が同年九月二〇日になされたものとして、これにつき本件公正証書が作成された(本件公正証書が存在することは、当事者間に争いがない)。

3  田辺は昭和三一年ころから、三番五の土地のうちの前記借地の賃料を佐藤に支払わなくなった。(なお、当時、原告は田辺の個人会社の性格が強かったため、原告の同年度決算書類には右賃料が未払勘定として計上されている)。ところが原告の経営状態もそのころから悪化し、昭和三二年七月一八日田辺は原告の代表取締役を退任した。同年九月二八日原告の商号は現在のものに変更された。翌昭和三三年、原告につき会社整理手続の開始が当庁に申し立てられ、同年三月二八日当庁においては原告に対し、同日以前の原因に基づく金銭債務の弁済を禁止する等の決定をなし(債務弁済禁止決定の点は当事者間に争いがない。)、同年五月二八日原告につき右整理手続を開始する旨の決定をなした。

4  また、原告は被告に対する前記借受金債務につき、昭和三三年五月二〇日まで前記約定どおり割賦弁済をしていた。ところが、被告は原告の物上保証人である田辺に対し、同年六月一四日到達の内容証明郵便により、三番一七の建物につき代物弁済の予約を完結する旨の意思表示をなした(この点は当事者間に争いがない)。そして、被告は当庁に、原告及び田辺に対し右建物等につき所有権移転の本登記手続及び明渡等を求める訴訟(昭和三三年(ワ)第五一五三号不動産所有権移転登記手続請求事件)を提起した。なお、同年六月二一日現在における原告の前記残債務は元金三二四万円のみであったが(この点は当事者間に争いがない)。それ以後は弁済が全くなされなかった。その後、右訴訟における昭和三五年七月一三日の口頭弁論期日において、被告は田辺に対し前記代物弁済の予約を完結する旨の意思表示を再びなした(この点は当事者間に争いがない。)。翌翌昭和三六年一月二六日同裁判所は、原告は前記弁済禁止決定の効力により履行遅滞の責任を負うものでないが、物上保証人である田辺については右決定の効力が及ばない旨判断し、三番一七の建物についての被告の前記請求のみを認容した。これに対し、被告と田辺が控訴したが、昭和三九年八月七日東京高等裁判所は右各控訴を棄却した。これに対し、被告が上告したが、昭和四二年九月一二日最高裁判所は右上告を棄却した。

5  一方、本件土地等につき根抵当権を有していた七条健一が昭和三三年六月二〇日、当庁に対し同土地等の競売を申し立て、同月二三日不動産競売手続開始決定がなされた。そして、担当裁判官の命令により本件土地等の賃貸借関係を調査した当庁執行吏は、同年一一月一五日本件土地には賃貸借関係がないこと等を報告した。昭和三六年五月二三日本件土地につき中央不動産に対する競落許可決定がなされ、同年一〇月一九日同会社は競落代金を支払った(競落の点は当事者間に争いがない)。その後、被告は、被告が営業として製造する紙工品等を収納する倉庫の用地とするため、昭和三七年六月二二日中央不動産から本件土地を代金二〇〇万円で買受けた(被告が本件土地を右代金で買受けたことは、当事者間に争いがない)。

6  昭和三九年一二月二五日前記3の会社整理手続において、整理計画案の実行を命ずる決定がなされ、その後昭和四四年八月一日整理手続を終結する旨の決定がなされた。同年三月二七日原告は佐藤トメとの間で、前記3のとおり田辺が賃料の支払をしなくなった三番五の土地のうちの五八坪について新たに賃貸借契約を結び、これにつき公正証書が作成された。

7  昭和四四年一二月三日原告が本件公正証書の執行力の排除を求める甲事件を提起し、同月一八日被告が本件土地の明渡等を求める乙事件を提起した。さらに、原告は昭和四七年、前記6の賃借権を保全するため佐藤に代位して、被告に対し三番一七の建物を収去してその敷地を明渡すこと等を求め、また、田辺外一名に対し右建物及び三番六の建物から退去すること等を求める訴訟(昭和四七年(ワ)第六〇二九号建物収去土地明渡請求事件)を当庁に提起した。昭和五〇年五月二六日右裁判所は、被告が右敷地の使用権原につき何等の主張、立証をしない等の理由をもって、不当利得金請求の一部を除くその余の各請求(「三番一七の建物」収去土地明渡ほか)を認容する判決を言渡し、同判決は確定した。

三  甲事件について、原告は、被告に対する残債務が完済された旨主張するので、これについて判断する。

1  まず、被告の原告に対する貸付金債権につき検討するに、前項3のとおり昭和三三年三月二八日原告に対し弁済禁止決定がなされたから、原告が同日以前の原因に基づく右債務につき同日以降弁済をしなくとも、前記整理手続が終結するまでは、被告に対し履行遅滞の責任を負うものではないと解するのが相当である。そして、他方、原告の利息支払義務及び田辺の物上保証人としての責任までが右弁済禁止決定により免除されるものでないことも明らかである。そして、前項2、4、6のとおり、原告は昭和三三年六月二〇日に支払うべき割賦金二〇万円を現在に至るまで支払っていないから、約定により残元金三二四万円につき期限の利益を失い、前記整理手続の終結した昭和四四年八月一日まで日歩金四銭の割合による利息を支払うべきものである。

2  そして、前項4のとおり被告は二度にわたり田辺に対し代物弁済の予約完結の意思表示をなしたのであるが、昭和三三年六月一四日の意思表示は、原告の割賦金一払いが発生していない時点でなされたものであるから、前提を欠き無効というほかはない。したがって、右不払いの発生した後である昭和三五年七月一三日の意思表示により、前記代物弁済の予約が完結されたものである。

3(一)  次に原告は、右代物弁済により、三番一七の建物の敷地についての田辺の賃借権又は転借権をも被告が取得した旨主張する。

しかしながら原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。なぜなら建物取得に伴う敷地利用権の取得には一般に地主の承諾が必要であろうが、本件ではそのような事実を窺うに足りる資料はなく、かえって被告の「三番一七の建物」については、既に、原告から被告に対する建物収去土地明渡の請求を認容する確定判決(昭和四七年(ワ)第六〇二九号事件)が存在していて結果的に敷地利用権の不存在が確定されていることは前記二項6に明らかにしたとおりである。したがって、原告の前記主張は採用しえず、被告は右土地につき何等の使用権原をも取得しなかったものである。

(二)  原告はさらに、前記代物弁済が原告の残債務全額の弁済に代えてなされた旨主張する。

しかし、前記代物弁済の予約の趣旨は、目的不動産である三番一七の建物の適正な評価額に相当する金員の支払に代えて、同建物を被告が確定的に取得するという債権担保の手段であると解するのが相当である(最高裁判所昭和四九年一〇月二三日大法廷判決・民集二八巻七号一四七三頁参照)。なお、甲第六、第九号証(原告作成の整理計画案及び同補充書)には、これに反する記載が存するが、いずれも事後における原告の主張というべきものであって右判断を左右するに足りないし、他に特段の反対の事情を認めるに足る証拠も存しない。したがって、原告の前記主張は採用しえない。

(三)  右(一)、(二)に判断したように、前記代物弁済の予約が完結された昭和三五年七月一三日当時における三番一七の建物の適正評価額相当の金額について、原告の前記債務が弁済されたことになる。そして、右適正評価額については、少くとも金三八万円であることは前記一項のとおり当事者間に争いがないが、本件全証拠によっても右金額を超える価額は認められない(なお、甲第一八号証の鑑定評価報告書にも、右建物の価額には触れていない)。したがって、原告の前記債務につき昭和三五年七月一三日金三八万円が弁済されたこととなる。

4  そこで、昭和三五年七月一三日までの利息を計算するに、利率は前記のとおり日歩金四銭であり、昭和三三年六月二一日から同三五年七月一三日までの日数は七五四日(一九四+三六五+一九五)であるから

三二四万(円)÷一〇〇×〇・〇四×七五四=九七万七一八四(円)

である。したがって、弁済充当につき特段の事情の認められない前記代物弁済によって、右利息のうち金三八万円が弁済されたことになり、未払利息は金五九万七一八四円である。

5  次に、昭和三五年七月一四日から前記整理手続の終結された昭和四四年八月一日までの利息を計算するに、日数は三三〇六日(一七一+三六五×六+三六六((うるう年))×二+二一三)であるから

三二四万(円)÷一〇〇×〇・〇四×三三〇六=四二八万四五七六(円)

である。したがって、前記4の未払利息との合計は、金四八八万一七六〇円である。

四  以上に判断したところから、本件公正証書の執行力は、前記債権の元金三二四万円及び利息金四八八万一七六〇円並びに右元金に対する昭和四四年八月二日から右支払済まで日歩金八銭の遅延損害金(前記二項2)を超える部分については、排除されるべきものである。

五  次に、乙事件につき判断する。

1  被告が本件土地を所有し、原告が本件建物を所有して本件建物の敷地を占有していることは当事者間に争いがない。

2  これに対し、原告は、被告に対抗しうる賃借権を有する旨主張する(抗弁1項)。

そして、前記二項1のとおり、原告が昭和二三年、田辺から本件建物の贈与を受けて所有権保存登記を経由するとともに、森に対する本件土地の賃借権をも譲り受けたこと、田辺が昭和二七年森から本件土地を買受けたことが認められる。

しかし、田辺が本件土地を買受けた後においては、原告が田辺に対し賃料を支払った事実は、本件全証拠によっても認められない。この点に関し、原告は、原告所有の三番六の建物を田辺に無償で使用させたことが本件土地の賃料に該る旨主張する。しかし、前記二項1のとおり、田辺が自ら居住する三番六の建物を原告に贈与したのは昭和二三年であって、田辺が本件土地を買受けた時期との間には約四年のずれがあり、本件土地の賃料支払と田辺の三番六の建物の無償使用との間に、対価的な牽連関係があるとはいえないし、もともと前記のとおり、原告は田辺の個人会社として発足したものであって、同人は個人財産と会社財産の区別を明確には意識していなかったことが窺えるのであり、これらの事実からすれば、田辺と原告の間で賃貸借契約というような有償双務契約が締結された事実は、客観的にも主観的にも認められないことが明らかである。したがって、原告の前記主張は採用しえない。

3  次に、原告は、法人格否認の法理の精神により本件土地と本件建物が所有者を同じくするとみられるとして、法定地上権を主張する(抗弁2項)。

しかし、法定地上権は、土地所有者と同地上建物の所有者が同一人であって、土地利用のための権利を設定することが法律上不可能である場合に対処するために特に法定された権利であるから、たとえ法人格否認の法理が適用されるような法人が一方の所有者である場合であっても、土地利用のための権利を設定することが法律上不可能ではないのであるから、かかる場合には法定地上権を肯定しえないというべきである。また、法人格否認の法理ないしその精神についても、これを当該法人やその実質的支配者が主張することは、特段の事情のない限り信義則上許されないというべきである。

したがって、原告の前記主張はそれ自体失当であり、採用しえない。

4  最後に、原告は、被告の本訴請求が権利の濫用に該る旨主張する(抗弁3項)。

そして、前記二項1のとおり原告は昭和二三年から本件建物を事務所兼店舗としており、そして、《証拠省略》によれば、被告も右事実を当初から知っていたことが認められ、また、同項5のとおり被告は昭和三七年六月本件土地を代金二〇〇万円(面積が三四・九二坪であるから坪当り金五万七〇〇〇円余り)で中央不動産から買受けたが、《証拠省略》によれば、右当時における本件土地の更地としての価額は坪当り金三三万五〇〇〇円以上と推認しうる。

しかし、他方、《証拠省略》によれば、原告は現在本件建物以外にも事務所を有していることが認められ、また、前記二項5のとおり本件土地等の競売手続において、本件土地につき賃貸借関係が存しない旨の正当な報告が当庁執行吏によってなされていたこと、被告は営業として製造する商品を収納する倉庫を建てる用地として本件土地を買受けたこと、被告が昭和三七年六月本件土地を買受けてから現在に至るまで一五年以上もの間、原告は前記判断のとおり何等の占有権原もなく無償で本件土地を占有してきたことが認められる。

したがって、以上の諸事情を総合すると、被告の本訴請求が権利の濫用に該るものでないことが明らかである。

5  以上のとおり、原告の抗弁1ないし3項はいずれも採用しえないから、被告の前記明渡請求は理由がある。

六  次に、乙事件の損害金請求について判断する。

《証拠省略》によれば、三番五の土地のうち三番一七の建物の敷地七二・七二平方メートルについて、昭和三七年における相当賃料が月額金二万五八〇〇円であり、それ以降年々より高額となっていることが認められる。

そこで、右敷地と本件建物の敷地六五・九六一平方メートルが同一の条件を有するものと仮定して、面積の比率により昭和三七年における後者の相当賃料の月額を算出すると

二万五八〇〇(円)×六五・九六一÷七二・七二=二万三四〇二(円。円未満四捨五入)となる。

そして、《証拠省略》によれば、両敷地のうち本件建物の敷地は三番一七の建物の敷地に比し、場所的条件の良好であることが明らかである。したがって、本件建物の敷地の昭和三七年以降における相当賃料が月額金二万円を超えることは明らかであると解されるから、被告が本件土地を買受けた日の翌日である昭和三七年六月二三日(前記二項5)から右敷地の明渡済みまで月額金二万円の損害金の支払を求める被告の請求は理由がある。

七  以上の次第で、甲事件の原告の請求は前記の限度で理由があるからその限度でこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、乙事件の被告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、主文の被告勝訴部分のうち金員の支払を命ずる部分に関する仮執行宣言につき同法一九六条一項、強制執行停止決定の一部認可決定及びこれに関する仮執行宣言につき同法五六〇条、五四八条一、二項をそれぞれ適用し、主文の被告勝訴部分のうち土地明渡を命ずる部分については仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 麻上正信 裁判官 板垣範之 裁判官小林孝一は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 麻上正信)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例